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中田 英寿 インタビュー INTERVIEW

“日本人”を次の仕事に選んだ
アスリートが歩む第二の人生

現在20〜30代の元サッカー少年たちにとって、憧れであり、レジェンド的存在だった、元サッカー日本代表・中田英寿さん。サッカーの話題に明るくない人たちでも、きっとその名前や、セリエAでの活躍など、プレイヤーとしての数々の偉業は耳にしたことがあるだろう。06年、ドイツで開催されたワールドカップを最後に29歳の若さで現役引退。これからの日本のサッカー界を支えていくであろうと思われていた一流選手の、いきなりの決断にサッカーファンのみならず、世間が驚きとショックに包まれた。

そんな中田さんは、引退時に発表したメッセージで、“人生とは旅であり、旅とは人生である”と題し、今までのサッカー人生に対する感謝と、次のステージへと旅立つことをファンに伝えた。現役引退後、世界約90ヶ国を巡ると、その過程で出会った海外の人々に日本のことをたくさん聞かれ、日本文化の価値が世界から評価されていることを実感した中田さんは、「自分は“日本”についてまだまだ知らないことが多い」と、09年から全国47都道府県を巡る旅を開始。約7年もの月日をかけた旅では、農業や食、伝統工芸や伝統芸能など日本の文化に携わる多くの方々に出会った。そんな職人をはじめ、食、歴史的建造物と同じように、日本文化を深く知るために訪れるべき場所として300以上の酒蔵にも足を運んだ。日本酒の作り手と出会い、話しを聞くにつれ、その素晴らしさと同時にまだまだ多くの人々に知られていないことがある。その魅力をもっと知ってほしいと、16年、東京・六本木にて「CRAFT SAKE WEEK」を初開催。中田さん自身が代表を務める「株式会社 JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」が手がける日本酒イベントで、その話題性の高さは、17年春には博多、六本木と会場数を増やしたことからも一目瞭然だ。中田さんが「CRAFT SAKE WEEK」を興した理由や、日本酒に対する思い、今後の展望などを聞いてみた。

酒、食、器を体感できる
「CRAFT SAKE WEEK」

—世界はもちろん、日本各地を旅されて、15年に自身の会社「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を立ち上げられました。約10年かけて今の形に至った理由はなんでしょう?

中田英寿(以下、中田) 09年から約7年をかけて47都道府県を回ったのですが、そこでたくさんの方々に出会い、文化に触れ、改めて日本独自の文化や魅力に気が付きました。その旅では、多くの農家や工芸家、蔵元にもお会いさせていただきましたが、なかでも特に日本酒に興味をもちました。「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を立ち上げたのも、日本酒の文化を発信していきたいと思ったとき、単発ではなく継続的に取り組んでいきたいと思ったからです。

—昨年初開催され、10日間で延べ7万6000人の来場者を記録した「CRAFT SAKE WEEK」ですが、イベント自体が持つ意義とはなんでしょう?

中田 「CRAFT SAKE WEEK」は、お酒をただ飲ませるイベントではありません。お酒の銘柄を覚えるきっかけになってほしいのはもちろん、日本の素晴らしい食や器と合わせて楽しむことで日本酒の魅力を発見してもらいたいという意味を込めた文化イベントです。1日に出展する蔵元数を10軒に絞ったのも、じっくりと日本酒を味わっていただき、お気に入りの銘柄を見つけ、覚えてもらいたいという思いからです。蔵元の数が多すぎると、どうしても覚えきれなくなっていくので…。他には、日本酒には日本食しかあわないと思っている方が多いと思いますが、実はフレンチやイタリアン、中華、スイーツなどとの相性も素晴らしい。多彩なフードとのペアリングを提案するために、様々なシェフにオリジナルメニューをご用意いただきました。

—約1000本の桜で会場を埋め尽くすなど空間づくりにもかなりこだわっておられたと思います。どのようなテーマがあったのでしょうか?

中田 来場する方々には空間そのものを含めて、新しい発見や出会いを楽しんでほしいと考えました。そのために、美味しい日本酒、素晴らしいレストラン、綺麗な器、楽しい音楽、そして、心が躍る会場が必要だと思い、出展いただく蔵元やレストラン、デザイナーなど素晴らしい方々にご協力していただきました。なかでもメインインスタレーションでは、建築家の藤本壮介氏、プラントハンターの西畠清順氏の協力により、今回のテーマである桜の花畑を作り上げることができたと思っています。

より高めたいと思うのは
日本人としてのアイデンティティ

—世界中でさまざまなものを見られてきたと思うのですが、海外のいいものを国内に紹介するのではなく、日本の素晴らしい文化を世界に発信することを選ばれた理由とは?

中田 海外を旅したときに、外国の方々に日本のことをたくさん聞かれました。結局思ったのが、なんの仕事に就こうとも、僕を見て周囲の人が思うのは、僕が日本人だということ。おそらく死ぬまで日本のことを聞かれ続けるでしょう。それなら、日本人としてのアイデンティティをより高めていくことに意味があると考えました。「あいつに聞けば、日本の文化に明るいし、いろいろな場所で活躍する人やものとのつながりが強い」と思われた方が、どんな仕事をしていても、海外で勝負するときに最強の武器になると思いました。スポーツ、ファッションなど、どんな分野だって、専門的な知識、技術が必要ですよね。僕の場合、どの仕事をやろうとも変わらない自分の存在意義、“日本人”を切り口にして、“日本”という知識、技術を身につけていくことにした。それ自体を職業にしたっておかしくないという考えからですね。
発信する立場を選んだのは、本当に自然な流れです。僕自身が日本酒の作り手、工芸家、農家のファンになったから、というのが大きな理由ですね。こんなに素晴らしいものを作っている人々がいっぱいいるということを、ただただ、みんなに知ってほしかっただけです。

—なるほど。そこには、技術継承、跡継ぎ問題など、日本の伝統文化が直面している問題点を考えて、自分が伝えていかないと、といった使命感みたいなものもありましたか?
中田 それはまったくありません。自分が楽しいと思うことをやらせてもらっているだけです。純粋に作り手と、彼らが作り出す素晴らしいものを多くの人たちとシェアしたいだけです。自分ならではのエディティングをして僕らしく、この良さを伝えていけたらと思っています。自分が信じているものを軸に、アクションをおこしていくという考え方はずっと一緒。根本として自分の生き方はサッカーをやっていた頃となにも変わっていなくて、同じ線を歩き続けているだけなんです。

“道”に終わりはない
あふれる情報の中では常に挑戦が必要

—若い方々に対して思うこと、こうすべきだと感じることはありますか?また、常に自分に課していることもあれば教えてください。

中田 インターネット、SNSなど自分からさまざまなことを発信できる時代だけに、ふとしたことで話題を集め、注目を浴びるのも昔に比べると容易になっていると思います。けれど、“本物”になることは本当に難しいことだと思います。“本物”を目指すためには、深く掘り下げて、ともかく自分を追い込んでやるしかない。それは、茶道や華道、書道など“○○道”という言葉がある日本ならではの文化だと思います。“道”に完成はない。やめるか、ずっと続けていくかのどちらかだから。自分自身にも常に物事を掘り下げていくこと、追い込むことは課すようにしています。

—確かに、本物だけが今も日本に残り、永く愛されていることを考えると納得できますね。ただ一方、日本は移民も少なく、単一文化を築き、育んできたからこそ、今のスタイルが確立されたと感じる部分もあるのですが、中田さんはどう思われますか?

中田 現在の日本は決して単一文化ではないと思います。ただ島国という立地で、四季があり、独自の自然環境、食がある。それは今の日本文化に大きく影響しているのは間違いないでしょう。昔は、島国という環境下にあり、ほかの国と無理に競う必要がなかったから、独自のやり方で成長してきた。けれど、今は時代が変わったこともあり、状況は違ってくるでしょう。海外からもいろいろな情報が入ってきているし、それらと競わなければいけない。それが当たり前の時代になったときに、日本が独自の文化として残っていけるかが勝負になるのではないでしょうか。世界から今、注目されている日本独自の文化は先人たちが築いてきてくれた財産です。その財産に甘えることなく、今からどうやって作り上げていくか。それを考えたときに、「CRAFT SAKE WEEK」がその一端を担えるようになれば良いと思います。

本当の“情報”を得る唯一の方法
それは、経験すること

—第2回目の「CRAFT SAKE WEEK」の開催地として東京・六本木に加え、今年は博多を選ばれました。大阪、名古屋など、関西・東海エリアの主要都市ではなく、博多で開催された理由があれば教えてください。

中田 ここ最近、福岡をはじめ、九州各地の酒蔵の日本酒の味わい、クオリティが高くなっているのが一番の理由です。そして、やはり博多は、アジアを中心とした海外から観光客がたくさん来ています。日本人に日本酒の素晴らしさを、より知ってもらうためのイベントではありますが、海外の方々に日本酒を体験してほしいという気持ちも強くあったので、博多を開催地に選びました。

—実際に博多で開催してみて、いかがでしたか?

中田 反応はすごく良かったと思います。ただ、やはりその土地にあったやり方など、改善点も見えました。もっと九州に合ったやり方で、また博多で開催したいですね。

—最後に今後、「CRAFT SAKE WEEK」が目指す形とは?

中田 「CRAFT SAKE WEEK」は日本文化の素晴らしさを発信するイベントです。日本酒も然りですが、日本には発酵文化が根付いています。日本酒に加え、最終的には味噌や醤油、鰹節など日本ならではの発酵食品を集めたイベントにできたらと考えています。

 

中田さんのインタビュー中、印象的だったのは、現役時代も引退後も変わらない、経験を積むことが大切という話。「さまざまな分野で、情報を得るのが容易な時代になりましたが、自分で経験しない限りは、情報はただの文字列・数字でしかない。僕は自分が経験を通して得た情報しか信じないし、それが今の自分を形成しています。あふれかえる情報に触れ、知った気分になるのはだれでもできますが、行動し、経験することで残ったものが本当の情報であり、知識だと考えています。さまざまなことに時間を割くのがもったいない、などと言っていたらダメ。無駄と思えることに時間を使うことこそが、この世で最もリッチで、ラグジュアリーな生活だと思います」と中田さん。この考え方、姿勢が昔も今も、僕らの憧れであり続ける、中田英寿のすべてだ。

[ なかた・ひでとし ]

1977年山梨県生まれ。ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)に入団。1998年にイタリアセリエAのA.C.ペルージャに移籍。その後、名門A.S.ローマなどイタリア、イギリスのトップチームで活躍。日本代表としては28年ぶりの五輪出場、初のW杯出場と、世界への扉を開いた。06年に現役引退した後は世界を旅し、09年1月、「一般財団法人 TAKE ACTION FOUNDATION」を設立。09年4月より全国47都道府県をめぐる旅を開始、この旅をきっかけに伝統文化・工芸などを再編集して普及するプロジェクト「REVALUE NIPPON PROJECT」をスタート。15年、「株式会社 JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立し、お酒の素晴らしさや面白さ、魅力を多くの人々に知ってもらうべく、「CRAFT SAKE WEEK」を16年に初開催。延べ76,000人が来場した話題の日本酒イベントで、17年は3月に博多で、4月に東京・六本木で行われた。

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