九州・沖縄発 一流のオトナを諦めないあなたに贈るフリーマガジン変革をあきらめないオトナたちへ BOND

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見城 徹 INTERVIEW

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困難の先にある景色を見るには
ただ真っ当に努力するしかない
編集者、実業家、株式会社幻冬舎・代表取締役社長 / 見城 徹

1994年3月に発刊された村上龍の著書『五分後の世界』(幻冬舎)のあとがきにこんな一節がある。

「この小説は長年の友人である見城徹が興した幻冬舎のために書かれた。担当は、角川書店時代に『トパーズ』『イビサ』等を作ってくれた石原正康君、友情という言葉は今ほとんど死語になっているが、二人の大切な友人の新しい出発にこの小説を書いたことを私は誇りに思う。」と。
その一文で初めて見城徹に出会った弊誌編集長・小栁は、24年の時を経てついに本人と対峙することになった。
出版社「幻冬舎」の代表取締役社長で日本を代表する編集者でもある見城氏に小栁がまず聞いたのは、やはり村上龍氏との出会い。
噂に聞いた衝撃的な出会いは本当なのかをまず伺った。

「あなたは才能あるよ!」と
はっきり伝えられる理由

—先日見城さんと村上龍さんと坂本龍一さんが共演されていた番組「徹の部屋(AbemaTV)」の中で、見城さんが村上さんと初めて出会った時、作品を読んでいないにも関わらず「あなたは才能あるよ!」と言ったという話をされていましたがそれは実話なんでしょうか。

見城徹(以下、見城) 彼が『限りなく透明に近いブルー』(講談社文庫)で群像新人文学賞を受賞した時その記事を新聞で見て、まずタイトルが素晴らしいと。あんなタイトルは才能がないと付けられない。そして、掲載されていた写真の目がいいなと。もちろん新聞の小さな写真だから目なんて見えないんだけど、そう確信したんだ。だから誰よりも先に会おうと思って彼の連絡先を調べ上げて強引にアポイントを取ったわけ。

—その時に見城さんは「あなたは才能あるよ!」とおっしゃったんですね。

見城 そう。村上龍は「なんで(作品を)読んでいないのにわかるんですか?」って言っていたけど、「俺にはわかるんだよ!」って返して。だって、まだ当時の『群像』(※『限りなく透明に近いブルー』が掲載された講談社が刊行する文芸誌)は発売されてないんだから読みようもない。それでも一番に彼と会うことを優先させた。もちろん、その後作品は読み込んだよ。彼は今でも「本当はまだ読んでないんじゃないの?」と冗談で言うけどね。

—賞を獲ったとはいえ、まだ無名だった村上龍さんに誰よりも早く会いに行こうと思われたのはそれだけ見城さんに先見の明があったということですね。

見城 多分、相当に凄い作品だと勝手に思った。武蔵美に在学中だし、一刻も早く会ってみたかった。自分の勘には自信があったね。これから大騒ぎになるだろうから、とにかく、最初にクサビは打ち込みたくて、すぐに行動した。結果的に、会って才能を確信し、創作に関して村上龍を刺激する僕の考え方は言えたと思う。作品を読んでからも彼に新しい発見をもたらすはずの感想はちゃんと伝えている。相手に「この人と仕事をすれば、自分は新しいステージに行ける」と思わせなければ、仕事の関係なんて長続きしないよ。村上龍と僕は42年間その関係が続いている。

—他にも見城さんは錚々たる面々と関わられていますが、お互いに親友であると公言している秋元康さんとは30年前の『月刊カドカワ』時代にやりあったと伺いました。

見城 少し前まではそのこともあって彼とは疎遠だったけど、時が経てばそれぞれを理解することができるもので、ここ7年は週に1回は一緒に食事をするほどの関係です。彼の魅力は懐の深さと、常にたくらんでいるところ。それでいてあざとさを感じさせないんだ。それに切ない恋をしている少年少女の気持ちを表現させたら彼の右に出る者はいない。それを表現するために誰にも見せない地獄を彼は通って来た。食事の後も二次会には絶対に来ない。帰宅してからすぐに仕事に取りかかるんだね。夜中にラインしても、明け方電話をしても必ず起きている。一体、いつ寝ているんだと思う。新幹線や飛行機の中でもパソコンを開いてずっと仕事をしている。日々起こるトラブルや風圧にも、自然体で正面から向き合っている。地獄の日々を実は繊細な心で悪戦苦闘しながら生きている。そこから考え抜かれた歌詞やプロデュースが生み出されて行く。そうでないとあれほどヒット作を出せるはずがないんですよ。

—見城さんと秋元さんの作品にかける熱量は凄まじいですね。

見城 僕はとにかく何かに熱狂していないと、虚しいというか、淋しいというか……常に湧き上がるマグマのようなものを何かにぶつけていないと生きていけない人間なんだよ。何かに熱狂し、結果を出すことで自分が生きているということを実感しているのかもしれないね。

人との付き合い方は
今になってわかったこと

—作家だけでなく俳優や音楽家、さらに政治家までと業界の垣根を超えて交流のある見城さんですが、人と付き合う時に何か気にかけていることはありますか。

見城 意識してやっているわけではないんだけど、その業界の大物3人と今輝いている新人3人を捕まえること。彼らを押さえられたら、その間にいる人たちは自然と入って来る。

—見城さんはそれを意図しないで人とお付き合いされていたということでしょうか?

見城 そんなの全部、途中からわかったこと(笑)。それを最初から分かっていて人と付き合うことなんてありえないよ。よく話している僕のヒットするコンテンツの4条件「オリジナリティがある」「明解である」「極端である」「癒着がある」も、この業界で何年も仕事をした結果、自分がヒットさせた作品はこの条件が必ずあるなと思っただけ。人との付き合いも作品作りも、何度も繰り返すから法則となるんだよ。特にヒットの4条件に関しては実は当たり前のことで、極端なものとはオリジナリティがあって且つ明解だよね。唯一癒着に関してはその3つと毛色が違うけれども、それは意図的に作り出せばいい。癒着は決して悪いものではない。多くの会員を持つ組織と組むのもいいし、大きな書店チェーンに独占販売してもらってもいい。どこかのテレビ局と提携して、映画をやるんでもいい。癒着はビジネスを成功させるための重要な一要素だよ。

真っ当な努力を
怠る理由がない

—先ほどの大物3人を捕まえるという話ですが、業界の大物と出会い仕事をするためにはどんなことをするべきでしょうか。

見城 そんなの真っ当に努力するしかない。圧倒的努力をするんだよ。それに自分の上司や同僚ができることをしても自分の存在価値はないんだよ。自分がいた頃の角川書店は、当時文庫は強かったけど最新の文芸には弱く他社に遅れを取っていた。水上勉さんや五木寛之さん、石原慎太郎さん、渡辺淳一さん、有吉佐和子さんなどは角川書店では新作を書かない作家だった。つまり誰も原稿を取れなかった。だから自分は彼らを狙って仕事をしたんだ。例えば五木寛之さんには彼の新作が出て五日以内に感想の手紙を出すと決めた。ただ出すだけだと意味がないので、五木さんを刺激し、新しい発見に繋がるようなことを書かねばならない。それを続けて17通目で返事をいただいて、25通目できちんと会うことになり、そこからはスムーズに仕事の話ができた。尾崎豊と初めて会った時も、彼のアルバムを聴きこんでライブに足を運び、暗い中で曲のことはもちろんMCまで全部メモって、それを彼に話した。その時尾崎はほとんど喋らなかったけど、後日マネージャーから「尾崎が前に来ている6社をすっとばして見城さんと仕事がしたいと言っている」と連絡があり、出版に至った。石原慎太郎さんに会う時には、彼の年齢と同じ本数のバラを持って行ったんだけど、そんな浅知恵では何の評価にもならないことは分かっていた。それで、本人に「これから『太陽の季節』と『処刑の部屋』の全文を暗唱させていただきます」と言って暗唱し始めると石原さんから「もう分かった、君とは仕事をするよ」と言ってもらえた。僕が25歳の時だよ。どんな業界でも同じで、その人のことを徹底的に掘り下げて相手をハッとさせる一言が伝えられた時に初めて、自分に興味を向けてくれる。そうなるまで圧倒的努力をするしかないんだよ。

—とはいえ、どこから手をつければ良いかわからないという方も多いように思いますが?

見城 そう迷っている間に相手の本を一冊でも多く読む。相手の曲をとにかく聴きまくる。どこから手をつければいいかわからない膨大なものも一つ一つやり通して行く。難しい方向に舵を切らなければ鮮やかな結果なんか出ないよ。人が休んでいる時に休まない。人が眠っている時に眠らない。単純なことなんだ。

—では、見城さんにとっての読書とはどんな存在でしょうか。

見城 読書以上に様々な経験が出来る行為はないと思う。様々な経験をすることによって人は言葉を獲得していくけど、実際に経験出来る事には限りがある。だからこそ、読書は必要不可欠。人間は言葉を獲得したことで“死”を捉えられるようになった。“死”という概念があるから“人生”を考えることになる。言葉を獲得し“死”という概念を持つことで人生が始まると考えれば、言葉を持たない動物や赤ちゃんには人生がないんだよ。それから僕は「自己検証」「自己嫌悪」「自己否定」の繰り返しが人を成長させると考えていて、それをさせるのが読書と旅と恋愛だと思う。旅は自分が知りうる言語や貨幣が通じない場所で、そこで出会う人がどう考えるかを想像させる。恋愛は自分の言動が相手にどう伝わるか意識させる、他者との遭遇と言えるだろう。他者を想い、他者を想像するということはつまり、「自己検証」「自己嫌悪」「自己否定」を繰り返すことに他ならない。

死は必ず訪れるもの
だからこそ熱狂していたい

—死の概念についてのお話が出ましたが、今現在、死とどのように向き合っていますか。

見城 67歳にもなると死がリアリティを持つようになった。以前は自分が70歳で死ぬと想定して生きていたんだけど、3年後に死ぬのは参るなぁと思い、80歳まで引き延ばしたりして(笑)。そんなことを言っていても2カ月前に決まったこの取材が今まさにその瞬間を迎えているように、自分が棺に入る時も必ず来てしまう。しかも「人生は一夜の夢」と織田信長が言ったように、きっとすぐその瞬間は訪れる。そして結局、何かを後悔して死ぬんだよ。こんな風に死ぬことを考え続けているからこそ、自分は常に熱狂していたいんだよ。

憧れの人・見城徹は想像以上に熱く、そしてチャーミングな人物だった。彼の放つ言葉が愛情にあふれている。それは辛酸を舐め、地獄に片足を突っ込みながらも信念を押し通してきた男の、人生観や死生観が乗っかっているから。見城徹の熱狂はまだまだ終えることを知らない。

PROFILE

[ けんじょう・とおる ] 1950年静岡県生まれ。1975年角川書店に入社。
『野性時代』副編集長を経て『月刊カドカワ』編集長に就任し、部数を30倍に伸ばすなど驚異的な手腕を発揮。
400万部を超えた森村誠一の『人間の証明』や5本の直木賞作品をはじめ数々のヒット作を生み出す。
作家のみならず坂本龍一や松任谷由実、尾崎豊など、ミュージシャンや俳優との親交も広く名編集者として名を馳せていった。
41歳にして取締役編集部長に昇進するも1993年に角川書店を退社し、同年、幻冬舎を設立。
五木寛之『大河の一滴』、石原慎太郎『弟』、郷ひろみ『ダディ』、天童荒太『永遠の仔』、村上龍『13歳のハローワーク』など24年間で22冊ものミリオンセラーを世に送り出す。
著書は『編集者という病い』『異端者の快楽』『たった一人の熱狂』など多数。その他、サイバーエージェントグループが配信するアプリ『755』では『見城徹のトーク』を、AbemaTVでは『徹の部屋』を配信中。

BOND 編集部

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