九州・沖縄発 一流のオトナを諦めないあなたに贈るフリーマガジン変革をあきらめないオトナたちへ BOND

九州・沖縄発 一流のオトナを諦めないあなたに贈るフリーマガジン変革をあきらめないオトナたちへ BOND

糸数剛一 インタビュー INTERVIEW

“首里城のようなしたたかさこそが、沖縄が世界に生き残るカギとなる。”

——実はBOND沖縄版でも以前2度インタビューさせていただきましたが、今回は閉店した沖縄三越跡を具体的にどのように変えていくかをまずはお聞かせください。

糸数剛一氏(以下、糸数) 以前から沖縄の『国際通り』をもっと魅力的なものにしたい!とお話していましたが、そのターニングポイントとなるのが『沖縄三越跡』で始める新たな事業だと考えています。先日閉店した沖縄三越跡では、『吉本興業株式会社』とタッグを組んで上質なエンターテインメントを提供する観光施設の展開を考えています。こちらはすでに大﨑洋社長とも話をしていて現在進行形のプロジェクトです。沖縄三越跡にエンターテインメントを持ち込んだ理由は国際通りで観光客のリピーターを増やしたいからです。魅力的なエンターテインメントを打ち出せば“また来たい!”と思ってくれるはず。ただ相手にしているのは観光客だけではありません。本当にターゲットとして見据えているのは地元の方なんです。この周辺に居住している人の80%以上は地元の方ですから。そのためにも、彼らに支持したいと思ってもらえる上質なエンターテインメントが必要だと考えます。さらに今まで言葉でしかなかった“ハブ”の意味をこの機会に体現したいと思っています。例えば、日本中のおみやげを導入したり、温泉旅館を作ったりと“ザ・日本”な施設やサービスがどんどん増えてほしいです。なんといっても沖縄はアジアに最も近い日本。言い換えれば、アジアの方が最も訪れやすい場所なんです。だからこそ沖縄をリトル日本を体験できる場所にしたいんです。沖縄で体験した日本の良さにハマれば、次は現地に行けばいい。こんなことを言うと一部の地元企業は良い顔をしませんが、そうじゃない。他所の企業にパイを取られると考えるのでなく、パイを取られないようにどうするかを考えてほしい。また沖縄には昔から他文化を上手に取り入れるチャンプルー文化がありました。琉球王国で言えば日本と中国を上手に折衷しあの首里城を作っています。日本にも中国にも良い顔ができる、これほどしたたかなお城は世界でも類を見ないでしょう。戦後もアメリカと日本の文化が共生していました。こんな場所、日本にはほとんどありません。沖縄、日本、アメリカ、さらには中国やインドの文化も取り入れたチャンプルーな街になれば、今後世界と日本をつなぐ場所になり得るのではないでしょうか。

——そんな魅力的な街を創るには若い世代の力も必要だと思いますが、就職で悩む彼らに何か一言お願いします。

糸数 次の世代を担う若者には、今いる場所から外へ出てほしいです。理想を言えば、世界に渡るために日本の企業に就職し、世界へ出て、そして世界での経験を持ってUターンする……そんなことを考えていてほしいですね。私の個人的な意見ですが、「あなたの会社に一生を注ぎます!」なんて人は雇いたくない。それは見識が狭すぎます。また企業説明会に来る人がみんな同じ服なのも気持ちが悪い。なぜ少しでも目立とうとしないんでしょうね。国際通りの改革についてもいろいろな考え方があります。例えば、私は国際通りに他の国の街ができても良いと思っているんですよ。沖縄にはアジアの観光客もたくさんいらっしゃいますから。もっとビジネスライクにどうすればもっと人が集まるかを考えればいいだけなんです。就職活動もそう。就職課の言われた通りしても就職できないなら、どうすれば担当者の目に留まるかを考えるべきなんです。沖縄的な柔軟性があればできると思うんです。(BOND FUKUOKA 11掲載分)

[ 糸数 剛一・いとかず ごういち ]
1959年生まれ、51歳。早稲田大学政治経済学部卒業後、沖縄銀行入行。その後、自身で事業を興し、1988年に沖縄ファミリーマート入社、98年に取締役営業部長する。その後、開発部長兼総合企画室長、常務取締役就任、専務取締役を経て2007年から2009年にかけてファミリーマートに出向し米ファミマ社の社長兼CEOに就任。その後、2010年5月に株式会社沖縄ファミリーマートの代表取締役社長に、2013年5月には株式会社リウボウホールディングスの代表取締役社長に就任した。現在、沖縄三越跡を中心に国際通りを活性化させるため、行政と民間企業の間に立ちさまざまな難問に応えている。

BOND OFFICIAL
BOND OFFICIAL

記事一覧

BOND GIRL