九州・沖縄発 一流のオトナを諦めないあなたに贈るフリーマガジン変革をあきらめないオトナたちへ BOND

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北方 謙三 インタビュー INTERVIEW

“敗北感を知らない奴は、真の勝者にはなれない。”

ハードボイルド小説界の巨匠であり、近年では歴史大作も手掛けるなど、
多方面で活躍を続ける北方謙三氏。
本誌編集長たってのラブコールが叶い、待望のインタビューの場が実現した。

——本誌の読者層は30〜40代が中心。それなりの役職を任され、自身の決断力が求められてくる年齢です。ただ、中には努力に見合った成果が得られず苦悩したり、頑張り過ぎて「燃え尽き症候群」に陥る人も少なくないようですが。

北方謙三(以下、北方) そんな若さで燃え尽きる奴は、人生のテーマが無いんだろう。テーマとは、志だ。志が無ければ、仕事も単に時間を消費するだけのものとしか思えない。逆に70歳を過ぎ、一般原則的に現役第一線とは言えない年齢になった人でも「じゃ、これからは現役時代やれなかったことに挑戦してみよう」という意志があれば、燃え尽きることもない。まずは、人生のテーマを作ることだ。 テーマを持つことがなぜ重要か? テーマを実現させるには、常に敵と戦わなければならないからだ。まわりが横並びでおとなしくしている中で、頭一つ飛び出そうとするワケだから、当然あちこちでボコボコにやられる。それが生きることの闘い、生きることの価値との闘いなんだ。このことを意識していれば、くだらない不平不満に悶々と悩まされず、いつもはつらつとしていられるはずだ。 敵が多いと何かと大変だ。しかし男なら敵が多い人生は、良い人生だと思った方が良い。敵がうんと凄ければ、そいつらと戦うには自分も凄くなるしかないからだ。人畜無害で誰の敵でもない人間は、世間一般ではいい人かも知れないが、俺に言わせればそいつは非常に危険な状態だ。

——敵がいなければ、自身の存在意義も持てない、物語の主人公どころか、登場人物の一人にさえなれないということですね。そんな人たちは発想や視点が狭く、近場しか見えてないのでしょうか。

北方 その場の仕事だけで満たされようと思っている。それは無理だ。そもそも、仕事なんてものは不毛なものだ。今日一日、その一瞬だけを切り取るとね。でもそれが一週間、一ヶ月積み重なって行くと、何かが動き、何かが変わって来る。さらにそれを5年というレンジで見ると、もっといろんなことが動いているかも知れない。そんな日々の積み重ねの中から、自分なりに何かを掴み取る。何でも良いんだ。それが出来た時、きっとそいつは日々をただ漫然と過ごして来たヤツらとは違う場所に立てている。

——今回の誌面内では「リーダーとしての決断」、という点にスポットを当てています。北方さんはこれまでも様々な局面で決断を下して来られたかと思いますが、男が物事に対し決断を下す際に、心得ておくべきこととは。

北方 決断とは敗北感だ。絶望的に負けた! と思うこと。だいたい、35歳前後の若さで決断したことが、すべてうまく行くなどあり得ない話。負けられるだけの勝負を続けろ。そうやって負けを何度も味わっていると、負けが負けではなくなって来る。「こいつ、まだやるのか」と、次第に相手がそいつのことを手強い存在だと意識するようになる。そこまでは頑張れ。一発で勝とうなんて思うな。 「いやァ、キミの提案、いいねェ」と誉められて喜んでいたら、その時点でそいつの奴隷になったようなもの。会社にとって都合の良いコマだ。それより「キミ、その提案はちょっと難しいぞ」と言わせてみろ。煙たがられる存在になれ。相手に無理だ、ダメだと言わせてこそ、初めて自分の意志を示せる。自分のやりたいことができる。衝突を恐れるな。 俺ら団塊世代は日本をダメにした世代とまで言われて来たが、それでも今、こうしてこの場所にいる。なぜなら、若い奴が出て来ても「絶対、負けてたまるか」って、今でも勝負することを忘れていないからだ。 若い奴らは負け続け、挑み続けろ。途中で諦めてつぶれるヤツは放っておけ。そうなりたくなければ、もっともっと押してこい!

——「水滸伝」をはじめとする歴史作品を拝見させていただくと、男にとっての闘いは、非常に長いスパンの中で行なわれるものだということが分かりますね。

北方 男にとっての闘いの結末は、死ぬ間際に決まる。ニコっと笑って「俺、十分やったよな」と思えたら勝ちだ。金持ちになれたかどうかなど、どうでもいいことだ。ちゃんと生きたか、それがすべて。「俺が死んだ後、このお金はどうなるんだ?」なんて悩みながら死ぬのは無様だ。 1年や2年、苦労しただけで「この仕事、俺に合ってないかも?」と考えるのは小僧のやること。俺は親父から常々、男は10年単位で考えろと教えられて来た。10年間、同じ場所でじっと我慢できれば、それなりのものが身に付くと。そんなのウソだと思った時もあったが、昼間は肉体労働しながら10年ひたすら小説を書き続けてたら、11年目くらいからホントに売れて来た(笑)。死ぬほど苦労したあの10年があるから今がある。これは間違いない。

——今の若者には、昔ほど心を昂らせる、熱くさせるものが無いのかも知れませんね。

北方 一概にそうとは言えないが、戦う対象が見え難い時代ではある。俺が若い頃はそれが明確に見えていた。大学解体とか機動隊打倒とか。今は見ているものがそれぞれバラバラで、やるぞ! と拳を振り上げても誰もスクラムを組んでくれないし、適切な助言も得られない。自分で考えるしか無い。俺からの助言? 案はいくらでもあるが、口が裂けても言わない。当たり前だ。共闘するか、一人で戦うか。それは自分で決めることだ。 闘いに必要なのはメンタリティ云々ではなく、根性だ。根性論なんて、今時ダサイというヤツもいるだろう。だけど言っとくぞ。「根性なんてダサイ」と笑ってるヤツは、根性出した奴には絶対に勝てないと。

——最後に、本誌の刊行エリアは九州・福岡ですが、今後地方都市が果たすべき役割や、その可能性についてご意見をお聞かせ下さい。

北方 今の政治的構図の中では難しいだろうが、政府は各地方都市にもう少し自由を与えた方が良い。九州も九州にしかない文化を積極的に発信するべきだ。俺の故郷でもある唐津に早稲田が出て来た。この先もしも、福澤諭吉所縁の大分・中津に慶応が出来て「九州の早慶が一番凄い!一番面白い!」ということになれば、世間の地方に対する見方は大きく変わって来るだろう。   維新の時代を見ても分かるように、九州人の根底には柔軟な発想力があるはずだ。古来、海外文化の入り口と言えば九州。そう、最先端の情報はここにしかなかった。当時京都はただの田舎、東京など偏境の地だったんだ。 「東京に出て行けるように頑張ろう!」なんて考えは止めて、向こうから「こちらに来て頂けませんか」と、お願いされるまで最低10年は九州にじっとしてろ。そして、自分たちの土地にもっと自信と誇りを持て。 その想いが、地方を変える原動力となるはずだ。(BOND FUKUOKA 03掲載分)

[ 北方 謙三 – きたかた けんぞう ]
昭和22年佐賀県生まれ。昭和48年中央大学法学部法律学科を卒業。昭和56年『弔鐘はるかなり』を集英社より出版。昭和58年『眠りなき夜』(集英社)で第一回日本冒険小説協会大賞、第四回吉川英治文学新人賞を受賞。59年には『檻』(集英社)が第二回冒険小説協会大賞を60年に『渇きの街』(集英社)が日本推理作家協会賞『過去・リメンバー』(角川書店)で角川小説賞を受賞。平成元年、南北朝期九州を舞台にした『武王の門』(新潮社)で、歴史小説の分野へ。平成3年、歴史小説の第二作『破軍の星』(集英社)で柴田錬三郎賞を受賞。平成16年『楊家将』(PHP研究所)で第三十八回吉川英治文学賞を受賞、平成18年『水滸伝』(集英社)で第九回司馬遼太郎賞を受賞。平成19年『独り群せず』で船橋聖一文学賞を受賞、平成22年、第十三回日本ミステリー文学大賞を、平成23年、毎日出版文化賞特別賞を受賞。平成24年2月現在で百八十九作出版。このうち『逃がれの街』『友よ、静かに瞑れ』『黒いドレスの女』『棒の哀しみ』等が映画化されている。最新刊は『史記 武帝紀六巻』(角川春樹事務所)。平成8年に『三国志』全13巻完結。平成17年に『水滸伝』全19巻完結。趣味は車の運転。マセラッティ4200GT、マセラッティスパイダー、を乗りわけている。世界各地を車で旅行し『疾走の夏』『遠く、ただ遠く』など旅行記も発表。写真撮影にも凝っており、海外取材のおりにはカメラを手放さない。集英社の神尾シリーズのハードカバー装丁写真はすべて自分で撮影したものである。平成15年春、VERTICAL社から『Ashes』(邦題・棒の哀しみ)でアメリカ進出。平成12年より直木賞選考委員を務める。

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