九州・沖縄発 一流のオトナを諦めないあなたに贈るフリーマガジン変革をあきらめないオトナたちへ BOND

九州・沖縄発 一流のオトナを諦めないあなたに贈るフリーマガジン変革をあきらめないオトナたちへ BOND

小松美羽 インタビュー INTERVIEW

“10年後は言語ではなく、 人間力でコミュニケーションが取れるような人でいたい。”

弊誌もついに今号で8号目を迎え、どうにかこうにかグルッと2周したことになる。そんな記念号を飾ってもらったのは、BONDで初となる女性表紙ゲスト・小松美羽さん。いわゆる“お絵描き”をしていた2歳の頃から漠然と自分は画家になると思っていたという彼女は、短大生の時に銅版画の描く線の美しさに触れのめり込んでいった。卒業後もアーティストとして活動していた彼女を世間に知らしめたのは、「美しすぎる銅版画家」という代名詞。しかし、賞賛ともいえるそのキャッチフレーズに彼女は違和感を感じていたという。

——画家になろうと思ったのが2歳からということですが、何かきっかけのようなものはあったのでしょうか。

小松美羽(以下、小松) よく聞かれるんですが、それはなんというか勘違いしていた……というか、もうそうなると疑わなかったんですよ。特に絵を見てとかそういうのもなく(笑)。もうお絵描きの段階で絶対(画家に)なると。

——そういう人はなかなかいませんよね。恐らく多くの人が将来何になろうかと悩んだりしているもので……。小松さんにはそういうことはありませんでしたか。

小松 そうですね。「何になりたいか分からない」という悩みはなかったと思いますが、絵というのは宇宙のように広くて、その広さにぶつかるとやっぱり悩んでしまいます。だから悩んでいる量という意味では、みなさんと同じぐらい悩んでいるとおもいますよ。

——2009年頃から「美しすぎる銅版画家」として世間に知られるようになりましたが、その時はどんな心情だったのでしょうか。

小松 正直、嫌でした(笑)。ビジュアルありきの持ち上げられ方が、アーティストではなくタレントっぽいので。早くそのキャッチフレーズを払拭したかったですね。

——その後、TOYOTAの「コレカラプロジェクト」などにも参加され、多くの人に作品が知られるようになったわけですが、いつごろから皆さんが小松美羽のビジュアルではなく、作品に注目していると感じられましたか。

小松 はっきりと感じたのは、昨年、故郷でもある長野県坂城町で大きい個展(「画家・小松美羽 ふるさと坂城を描く~神ねずみと唐ねこさま~」)を開催した時ですね。その時、私ではなく、私の描いた絵を観に来てくれた人がたくさんいて実感しました。いろいろ言われていましたが、絵を好きだと言ってくれる人と出会えてとても感動しましたね。
個展を介した人との出会いにより、アーティストとしてさらなる高見を目指すようになる小松美羽。そんな彼女の創作の源についても触れてみた。

——本日開催の「空海劇場 2013」の公演(取材は11月24日に行われている)で、初めてライブペインティングされたとのことですが、実際されてみていかがでした。

小松 お客さんの視線を痛いほど感じましたね。その視線の力もあって、いつもとは一味違う作品ができたように思います。

——小松さんの作品は素人の私が観てもとても力強く感じます。その強さは時にグロテスクにも映るのですが、こういった作品を創作される際、何を源に描かれていますか。

小松 (自分の)魂……だと。私の魂は常に欲求不満なんです。だからいつも何か発信しろと要求してきます。地元・長野に帰って雄大な自然を眺めては、これはいいと感じたり、今自分の中にあるデータが(創作する上で)足りないと迫られたり……。魂は成長するためにさまざまなものと共鳴したがるんですよ。魂が私に自己発信を求めるのは、共鳴し、成長したいからだと考えています。

——では、小松さんが絵を描くということは自分のためだけに描いているのではなく、外に発信するため描いているということなんですね。

小松 その通りです。魂が求めているのはあくまでも共鳴なので、自己完結しては意味がありません。絵は私の魂と誰かの魂をつなぐコードみたいなもの。例えば今日描いた絵がカワイイと感じられても、グロテスクと感じられても、そこに魂の共鳴があるので私は満足なんです。私が一番怖いと感じるのは、無関心でいられること。無関心には魂の共鳴がありませんから。画家としてはそれが一番悲しいですね。私の作品に対して分からないと思ったり、不快だったりする人もいると思います。でもそれはそういう風に共鳴したとうことなので、私はそれを切り捨てて考えたくはないんです。

——小松さんの絵と魂の成長は切っても切れない関係にあると思いますが、魂の成長とはいったいどんな状態だと考えられますか。

小松 私もそれをいつも考えていることなんですが、来世というものがあると仮定すると身体は入れ物で魂は来世に継承されるものなのかなと。だから、今は欲求に応えながら鍛えて、いい状態で魂を来世につなげられたらと思っています。

——小松さんは絵を描くことを生業としているわけですが、画家はどんな役目をになっていると思われますか。

小松 地球人類としての認識力を高めることだと考えます。絵は魂に語りかける媒介なので、国境も超えられますし言葉もいりません。だから、描いた人と観た人はお互いに『地球人』だと認識し合えるんです。絵はそういうツールといっても良いかもしれませんね。絵についてどう思われるかは重要ではありません。一つの絵を観て、いろんな人の魂が共鳴し、そしてつながることが大切なんです。より多くの人が共鳴し、つながり合うことができる作品を作ること。それが私に課せられた役目だと思います。

——現在小松さんは日本の伝統文化に対してもさまざまな挑戦をされていますが、どういったものを感じていますか。

小松 伝統に触れた時、私は大地を感じます。伝統はその土地で生まれるもので、日本中そして世界中にあります。それを描くということは、その土地の神を描いているのと同意で、さらに地球を描いているといっても過言ではないように思います。

——さまざまな伝統が絵画などで、未来に継承されますがその力を感じることはありますか。

小松 やはり何百年、何千年と息づく古典的な伝統ほど、境界なく魂に入ってくるように感じます。私もそういう力をお借りして、世界へ行きます。伝統に引き上げられながら未来へと進んでいきます。(BOND FUKUOKA 08掲載分)

[ 小松 美羽・コマツ ミワ ]
1984年、長野県坂城町生まれ。2歳から画家を目指したという彼女。女子美術大学短期大学部で数々の作品賞を受賞し、短大卒業後も銅版画家として活動する。2009年に「美しすぎる銅版画家」としてメディアに取り上げられてから、テレビや雑誌などにもしばしば登場するようになった。現在は、銅版画だけでなく油彩や立体アートの製作も手がけ、アートの活動範囲を広げており、フランスのPRIX CANSON2013にて世界39人にノミネートやパリ市立プティ・パレ美術館にて特別展示をされたりもしている。また、11月24日に大濠公園能楽堂で行われた「空海劇場2013」では、本人初めてとなる公でのライブペイントにも挑戦した。

BOND OFFICIAL
BOND OFFICIAL

記事一覧

BOND GIRL