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西高辻 信宏 インタビュー INTERVIEW

“過去から受け継いだものを、より良い形で未来へつなげるのが私の役目。”

——全国に約1万2000社ある天満宮の総本宮・太宰府天満宮の権宮司を務めるにあたり、プレッシャーを感じられたことはありませんか。

西高辻信宏(以下、西高辻) 幼い頃はお菓子屋さんになりたいと思っておりましたし、中学生の頃は多少の反発もありました。ただ、高校時代、宮司である父が病で倒れたとき、改めてここ(太宰府天満宮)が自分の一番好きな場所だと感じられたことで、悪い意味での緊張がなくなったと思います。ここは他の神社とは少し違って、御本殿の下に菅原道真公の墓所があります。つまり、太宰府天満宮は道真公を慕う人たちがずっと守ってきた場所というわけです。

——権宮司を務められている今、ご自身で感じられている使命感はありますか。

西高辻 私の一番の使命は、過去から受け継いだものを、より良い形で未来へつなげることだと思います。例えるなら駅伝のランナーのようなもので、タスキを受けたら自分が担当する区間は全力で走りきる。そして、次のランナーになるべく良い状態でそのタスキを受け渡すこと。これは天満宮のことだけではなく、受け継いだ歴史や私たちが生きる今を含めた全てを次の世代につなげていくということを意味しています。

——その意思は信仰だけではなく、境内にあるいくつものインスタレーションにも感じることができますね。

西高辻 神道とは自然の中で育まれる信仰だと私は思います。太宰府天満宮も1500年以上の樹齢を持つ大樟や、6000本以上の梅といった大きな自然と共に生きている神社です。とはいえ自然と共生するためには、人が手を加える必要があります。そういう点も含め、自然と神道、そして神道とアートというのはとても親和性のあるものではないでしょうか。また、菅原道真公は学問の神様として有名ですが、一方で芸能や文化の神様としても親しまれています。これは道真公がとても優れた歌人であったことに由来しているのですが、そういった背景も太宰府天満宮とアートをつなげる一因となっています。ほかにも、明治初頭世界中で催されていた博覧会がここ太宰府でも開催されたなど、古くからアートとの関わりがとても強いんですよ。ちなみにその博覧会の企画には私の曾々おじいさんも参画していて、当時はなかなか一般の方の目に触れることがなかった宝物が展示されていたようです。国立博物館を建てたいという想いが膨れたのも、その博覧会がきっかけだと伺っています。その想いをつなぎ、4代かけて建てられたのが2005年に完成した九州国立博物館。そういったつながりもありますので、私も太宰府天満宮とアートに近しいものを感じていたのだと思います。 

——つまり西高辻さんがはじめてアートと神社の関わりを作ったということではなく、古くから関係があったということなんですね。

西高辻 私は現代美術と太宰府天満宮とのコラボレーションを試みていますが、古くから時代の最先端のものを神社は取り入れてそれを宝物として次の世代に残しているのだと思います。その考えを受け継ぎながら、私自身もまた現代美術と関わりながら未来の宝物をこの神社に残しているわけです。

——先ほど境内を回りながらインスタレーションを拝見したのですが、そこには説明がありませんよね?

西高辻 そうですね。これらの作品をつくったアーティストは、これからも続く太宰府天満宮の長い歴史の中で、その姿が境内の景色に溶け込んでいくようにと作品をつくりました。いずれ説明もつけるかもしれませんが、今は風景の中でふと気づいて頂ければと。目が止まってなんだろうと感じられたときに、ホームページをご覧になられたり、作者について興味を持って頂くことでよりアートが楽しめるのかなと考えています。

——そういった活動をされる中でも、いろんな葛藤があり、マイナスの感情を抱くことも権宮司とはいえ人ですからあると思います。そんな心の鬼に打ち勝つために、どういった行動または努力をされていますか。

西高辻 日本人は昔から、生活の中で区切りを考えてきた民族ではないでしょうか。神道には毎年6月30日と12月31日に大祓(おおはらい)という儀式がありますが、ここでは知らず知らずのうちに身に付いた罪や穢れを払います。自分を清らかな状態にして一からまた(人生を)スタートするという儀式ですが、日本人はこういった区切りを付けることで日々の中で起こるままならないことや不安と対峙してきたのかもしれません。日々の暮らしでもそういった区切りを大切にしたいですね。私は何か心にひっかかることがあれば、お参りをして区切りをつけるようにしています。(BOND FUKUOKA 06掲載分)

[ 西高辻 信宏・にしたかつじ のぶひろ ]
福岡県生まれ。久留米大学附設高等学校から東京大学に入学、文学部歴史文化学科(美術史学)卒業。國學院大學大学院文学部神道学科に進学し、神職資格取得後、太宰府天満宮に奉職。その後、ハーバード大学ライシャワー研究所の客員研究員を2年間務め、2010年に帰国。御祭神菅原道真公から数えて40代目として、現在権宮司を務める。また、美術への造詣も深く、太宰府天満宮宝物殿館長として展示にも精力的に携わっている。

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