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吉田克幸・玲雄 ラストボンド INTERVIEW

“辛いこともあるし、失敗もする。それでも、続けてほしい”

メイド・イン・ジャパンにこだわり、世界基準の物作りをし続けるドメスティックブランド「ポータークラシック」。その創業者でディレクターを務める吉田克幸氏と、克幸氏の息子で写真家・作家としても活躍する取締役の玲雄氏に、ポータークラシック創業の経緯について伺ってみた。

吉田克幸氏 ポータークラシックを創業するまでは父が創った会社でデザインやプロデュースの仕事をしていましたが、父が病床に伏した時、もう一度原点に戻って驕りなく物作りをしなければいけないと思ったんです。その思いに至ったのは、父が職人や材料を手配してくださる方々、商品をご購入するお客様たちに対して、驕りのない姿で物作りをする人だったから。病床の父を見て、当時イケイケだった自分に深く反省しましたね。果たして自分はこれでいいのかと。だからこそ、まずゼロになって原点からはじめようと思ったんです。お客様もいらっしゃいましたが、全くゼロの状態から物作りと向き合う必要があると感じたんです。父が他界してからはその思いがますます強くなりました。それでスタートさせたのが「ポータークラシック」です。ただ、はじめた当初は資金やクライアントなどほとんどのものがゼロ。今まで当然のようにあったものがなくなり、余裕もない中、息子(玲雄氏)が真っ先に「オヤジ、俺もやるよ。命、預けるよ。」と言ってくれたのは、本当に嬉しかったですね。それから二人で文字通り“暗中模索”でコツコツと続けて、今に至ります。私たちが何を大事にしているかというと、まず「物を作る若者を育てる」ということ。そして「メイド・イン・ジャパン」。自分たちで本当にやらなければいけないことは、温故知新の精神で日本の伝統的なものを国際的な目線からもう一度考えることだと、二人でやっていく中で考えるようになりました。

吉田玲雄氏 父といっしょにやろうと思ったのは父が病気にかかり、一時期仕事ができなくなってから。その病気がいい状態で回復することが分かり、父も一から仕事をしたいと(自分に)言ってくれたので、それならいっしょにやろうぜ!と。その方がカッコいいし、絶対面白いと思ったんです。克幸はずっとデザイナーで洋服も好きでしたから、今後はカバンだけでなくいろんなことを提案すればもっと楽しいんじゃないかと提案しました。そういうことからはじまり、どういうことが贅沢なのかと考え、例えば自分の名前を刺繍することや祖父の代から叩き込まれていた日本製であることが贅沢なんじゃないかと。日本人は4年に1回、日本代表が活躍する事で興奮しますよね。私たちは、工場、生地店、職人たちを含めた「チーム日本」でその興奮を物作りで伝えているんですよ。

吉田親子は、「何をするにせよ、続けることが大切。続けていると辛いこともあるだろうし、失敗もする。だけど、続けていくとちゃんと助けてくれる人に出会える。続ければきっと良いことに出会える」と話す。彼らが歩んだ道のりは、その厳しくも温かい言葉を証明しているのだ。 (BOND FUKUOKA 07掲載分)

[ 吉田 克幸・よしだかつゆき ]
1947年東京生まれ。Porter Classic代表取締役。1981年日本人初のニューヨークデザイナーズコレクティブのメンバーに選出された事でも知られる。2008年12月Porter Classic 銀座、2009年3月Porter Classic福岡、2010年4月店主を務める質屋PAWN SHOPをオープン。2010年5月カバンブランドKICHIZO全国展開開始。2010年11月世界の貴重なアイテムをまとめたカタログ本『男遊四宝』を刊行。

[ 吉田 玲雄・よしだれお ]
1975年、東京生まれ。1993年高校を卒業後渡米。ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコの大学で映画と写真を専攻。写真家ラリー・サルタンやビート詩人マイケル・マクルーアのもとで学ぶ。。2006年ハワイ島ホノカア村で過ごした自身の経験談、『ホノカアボーイ』刊行。2009年映画化され全国東宝系でロードショー。2010年7月世界初HOBOカルチャーをテーマにした写真集『The HOBO STYLE』を発表。

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