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「大庭鍛冶工場」工場主・大庭利男氏に聞く「仕事への向き合い」。 LIFE

今から60年ほど前までは福岡市にも20軒を超える鍛治工場があった。

しかし現在は3軒しか残っていない。

そんな希少な鍛治工場の一つが「大庭鍛冶工場」。

この工場では野菜はもちろん、魚や肉なども快適に切れる万能さが有名な博多包丁(または博多一本包丁)が今も作られている。

そんな「大庭鍛冶工場」の工場主・大庭利男氏に職人として独り立ちするのはどれぐらいの年月が必要なのか、そして60年以上続けられる理由を伺った。

大庭利男氏:
最初ウチらは鍬や鎌といった農具器具を作ってたんですよ。それが時代とともに作るモノが変わって、東京オリンピックの頃には土木業の道具を作ることが多なって、ツルハシやらカナデコやらをな。それもショベルカーやブルドーザーができたから作らなくなって、昔からやってたけど包丁もボチボチやろかて言うて、まぁ今になるわけです。

土俵鍬も作ってるけど、これをやり始めたのは大相撲の会場が国際センターに移る頃ぐらいから。
元々先輩がしてたんやけど、その先輩から指名を受けてウチがやることになったんです。
ここで作る前は各地の鍛冶屋さんが(土俵鍬)を作ってたんやけど、土俵を作る呼出さんといろいろ話をして、作るところを決めなアカンなということになって……やっぱり博多の鍬が一番よか、ということなんでしょう。
もうどこの場所もウチの鍬が使われてます。だから、霜が降りる九州場所の時に10日間ほどで1年分の鍬を作らないかんのです。

土俵鍬というのは、普通の鍬と違って持ち運びできるようになっとるんです。それと土俵の俵を切る時に土俵に当たらないよう(刃と柄が)直角なんです。
これは毎年作るわけやなくて、1年使うと先が減るから「さきがけ」といって(鉄を)継ぎ足して元の大きさに戻してやる、捨てるともったいなから。呼出さんは一人ずつマイ鍬を持っとるんですよ。
だから、分からんようにならんよう番号つけてます。

そんなこんなでウチは鍛冶屋をして64年。
その経験から言うと鍛冶屋職人が1人前になるには……やっぱり10年・20年はかかるやろねぇ。
ウチも(鍛冶の技術を)先輩から習ったわけやないんです。
ただ「お前が作れ」と言われただけ。
先輩には「こんなことせんでええ!」と言われたけど自分のやり方があるけんね、信念通さんとと思たんです。

当時から今に至るまで周りからいろいろ言われたけど、自分の考えで作ることが大事で、そうすることが信念を通すことやと思うんです。
今、ウチがここで鍛治ができてるのは、やっぱり自分で考えて仕事をしてきたから。

包丁作りも周りに合わせず、昔の作り方を通したし……。

仕事は教えてもらうばっかりじゃなく自分でやらんと。
後はやる気をもってやらんとだめですね。

60年以上たった今も、ただストイックに鍛治を続ける大庭氏。
彼の真摯に打ち込む姿は、今、本当に必要な仕事の取り組み方なのかもしれない。

大庭鍛治工場
〒810-0005 福岡県福岡市中央区清川3丁目9−21
BOND 編集部

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